书籍简介
戦前、江戸川乱歩の人嫌いはつとに有名だった。そんな乱歩にとって、唯一の友人と呼べる存在だった岩田準一と、乱歩の無垢な愛の交流を描いた小説である。
岩田は民俗学者であり、挿絵画家。1900年鳥羽に生まれ、旧制中学在学中、竹久夢二の一番弟子と目されるほどの画才を発揮した。同時に、そのたおやかな美貌から、夢二に寵愛されもした。18歳の夏、母校の小学校で初の個展を開いた折、ある男と出会う。男の名は平井太郎、後の江戸川乱歩である。
運命的な出会いの後、平井は岩田の前から姿を消す。一方、岩田は進学で東京に出てきても、生来のプライドの高さが災いして、なかなか仲間を作ることができない。本当の自分を理解してくれるのは、唯一平井だけだと信じ込んでいたのである。自然と師匠の夢二とも疎遠になっていく。そんなとき、岩田は平井のデビュー作が載った雑誌「新青年」を見つけ、それを機に、2人の新たな交流が始まる。旅行に行くと、岩田が小説のヒントを平井へ提供したり(それが『パノラマ島奇談』へと結実する)、共通の関心ごとである同性愛の戯れ歌を詠ったりした(この後『孤島の鬼』を発表)。
岩田にとって、乱歩は性愛の対象であった。作中、夢ともうつつとも知れぬふたりの「交わり」の場面が出てきたり、妻ちか子との結婚もほとんど偽装として書かれている。だからといってこの小説を、単なる同性愛を主題とした耽美小説と言い切ってしまうのは性急だろう。何といっても、作者は岩田の孫娘なのだ。いったい、どこまでが本当なのか。本書の後に、あらためて乱歩作品を読み返してみると、いままでとは違った乱歩に出会えるかもしれない。